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石原元都知事の戦略

「石原元都知事の戦略」

連日ニュースショー等で取り上げられ続け、すっかり国民的関心事と化した豊洲市場の問題だが、それに関連して築地市場豊洲移転を最終決定した石原慎太郎元都知事が記者会見を行うのか、それとも行わないのかといった話題がテレビ等で取り上げられていた。大方の評論家は記者会見を行わないほうが良いのではないかという見解を述べ、記者会見は実際には行われないのではないかとまで言う評論家も散見された。

これについて私は、少々のくだらなさを感じつつも、記者会見は行われるだろうし、行ったほうが良いと考えている。記者会見をする、しないは、本人が行うと言っている以上、待っていればいずれわかることなのだから、それを云々することにニュース・バリューがあるとは私には思えない。昨日から今日にかけて一部報道にあった「記者会見中止」は、私の理解が正しければすべて読売系列(読売新聞、日本テレビ、スポーツ報知)によって報じられたものである。これはおそらく「思惑報道」であり、誰かがなんらかの思惑をもって報道させたものであろう。石原元都知事は「記者会見を中止する」などは一切発言していないのであり、これをもって「ブレてる」かの如きイメージを人々に与える報道は、どこか悪意のあるように見える。

マスコミ報道に対する疑問はこれくらいにして、問題はなぜ私は記者会見を行うべきだと考えるかということだ。結論から言ってしまえば、記者会見を行うことで一方的に報道されてきた小池百合子都知事寄りの情報に反駁できるからである。昨夏の都知事選以来、「小池劇場」の主役、小池都知事の一挙手一投足を追う報道が異常と思えるほどの分量でなされてきた。その「小池劇場」の最初の敵役に設定されたのは内田茂都議会議員であった。内田議員のお膝元で争われた先日の千代田区長選挙において、小池都知事の支援する現職の石川雅己候補と内田議員及び都議会自民党の支援する与謝野信候補が対決した「代理戦争」に、内田議員は惨敗した。この結果、内田議員の政治生命は事実上終わったものとされ、いつ引退を表明するのかということに焦点が絞られている。「小池劇場」第一幕は閉幕したのである。

「小池劇場」第二幕における敵役は、おそらく石原元都知事なのだろう。善悪二元論的に敵と味方に分類し、敵を徹底的に悪とすることによって浮力を得てきたのが小池都知事である。「小池劇場」の観客動員に憎たらしい敵役は欠かせないのだ。内田議員は小池都知事にとって理想的な敵役であった。典型的な地方政治家である内田議員は、その見た目や経歴、言動からして人々の想像を掻き立てるのにぴったりな存在だった。そしてなによりも、内田議員はそれまでの彼のキャリアの中でほとんどマスコミ報道に晒されてこなかった人であり、従って連日押し掛けてくるマスコミに対して内田議員は一切の反論をしないままに口をつむり続けた。これによって小池都知事は、ほぼ一方的に、内田議員及び都議会自民党を悪役に仕立て上げることに成功したのである。

それに比べて石原元都知事は、有名な小説家で弟に国民的スターを持つタレント政治家的な気質を備えた人物である。彼はマスコミに晒されることに慣れており、少々行き過ぎることもあるが基本的には舌鋒鋭く意見を表明し、大きな支持を得てきた政治家である(石原元都知事は四選しているが、これは鈴木俊一元都知事と並んで歴代最多だ)。どこか性質としては、「ワールドビジネスサテライト」のキャスターを務め、女性政治家として、華のある政治家として常に光のあたる存在であり続けた小池都知事と似通ったところがある。内田議員と小池都知事ならば対照的な存在同士であるから「小池劇場」の構図もはっきりしたものになったのだが、石原元都知事と小池都知事の構図ではいわばスター同士の対決となるから、耳目は引く戦いだけれども、石原元都知事は内田議員のときほどあっさりと悪役にはなってくれないと思うのが自然であろう。

来月には東京都議会において、石原元都知事らを参考人招致することが決まっている。参考人招致では、都議会議員が質問して参考人が答弁する形式となる。そして現在流通している豊洲市場を巡る情報が小池都知事の側に寄ったもの(石原元都知事は今まで一切具体的な発言をしてこなかったのだから当然だ)になっている以上、石原元都知事が記者会見をもし行わないのならば、世間は小池都知事寄りの情報のみを頭に置いたうえで参考人招致の質疑応答の光景を見ることになる。それは認知バイアスとして石原元都知事に不利な状態のままで参考人招致に臨むことを意味するのであって、石原元都知事にとって賢明な選択とは言えないのではないだろうか。ゆえに私は、石原元都知事は参考人招致よりも以前に記者会見を行うべきだと考えるのである。

評論家の中には、石原元都知事が感情的に記者会見をすると発言したのだという旨の分析をする者がある。しかし、私はそうは思わない。むしろ、石原元都知事は冷静に情報・資料収集や根回しを行い、対決すべきタイミングを計ってきたのではないだろうか。石原元都知事は高齢であり、出来ることならば勢いに乗る小池都知事との対決は避けたかっただろう。そういった心境や体調が相まって、「弱気」に見えたのかもしれない。ただ、石原元都知事は本質的にはファイターであり、闘争になるほど元気になってくるタイプの人に見える。「小池劇場」は敵役を不可欠で内田議員を敵役とする第一章が終幕した以上、自らを敵役とする第二幕の開幕が不可避だという状況認識は石原元都知事にもあるだろうから、準備もある程度完了した石原元都知事は腹を括って戦いの場にでる決心をしたように私は思うのである。「強気」ははったりではなく、冷静さを喪失したのでもなく、ある程度の自信が現れたものだと私は素直に思っている。

そもそも今回の豊洲市場を巡る騒動は、日本の戦後政治史において人々の耳目を引いてきた事象と大きく異なる点がある。日本で注目を集めてきた政治的事象は主として「政治とカネ」と呼ばれるものであった。小池都知事の誕生のきっかけとなった舛添要一前都知事のスキャンダルでは、政治資金の使途において公私混同が問題視された。猪瀬直樹元都知事においては、徳洲会グループからの資金提供が問題となった。遡ればロッキード事件リクルート事件、佐川急便事件等々、戦後日本政治史を彩る出来事は金銭スキャンダルが驚くほど多い。そしてこういう場合において証人喚問や百条委員会の「脅し(欠席は出来ず、虚偽答弁には罰則がある)」は効いてきたのだし、当事者はそれを避けたがったのである。

対照に今回の豊洲市場における石原元都知事や関係者は、おそらくだが豊洲市場を巡って利得を手にしてはないだろう。私がそう思う最大の理由は、豊洲市場の40ヘクタールの土地(もともとの所有者は東京ガス)の取得価格の安さだ。マスコミ報道によると、豊洲市場の土地取得費用は578億円とされている。この土地は40ヘクタール、即ち40万平米であり、それで578億円を割ると1平米あたり約15万円弱となる。対して2016年度の東京都全下の平均公示地価は1平米あたり約90万円弱、東京23区となると1平米あたり約130万円となっている。これらからして、少なくとも豊洲市場の土地が不当に高値で売買されたことは考えにくいのである。

ここで私が疑問に思うのは、なぜ東京ガス江東区という好立地にある豊洲市場の土地をこれほどの安値で東京都に売却したのかということだ。東京都の都心部はほぼ開発され尽くしており、新たな埋立地の余地も東京湾にはもうない。そのような状況の中で豊洲にある40ヘクタールものまとまった土地は、この上ない価値があるはずである。あらゆるディベロッパーが欲しがる虎の子の土地と言えるだろう。実際、東京ガスは当初、この土地の売却を渋ったようだ。それを石原元都知事の腹心であった濱渦武生元東京都副知事東京ガスとの交渉役に任命され、「水面下の交渉」によって進展し始めたのだと言われている。この「水面下の交渉」、そしてその後の交渉模様については明らかにされる必要がある。

ただ、土地の売却等を巡っての金銭のキックバックなどを可能にするのは、通常よりも「高値」で取引された場合であるのが普通だ。しかし今回の豊洲市場の土地の売買は、先述のとおり公示地価からして、通常よりも「安値」で取引されたと考えるべきだろう。そうである以上、石原元都知事や関係者がこの売買において利得を手にした可能性は限りなく低いのではないだろうか。そしてもしそうであるならば、これだけのバッシングに遭っている石原元都知事にとって隠しだてする必要のあることは何もなく、記者会見や参考人招致の場で包み隠さずありのままに話すことになんら不利益はないのである。従って、石原元都知事が記者会見や参考人招致から「逃げる」必要は(現在判明している事実からは)どこにもなく、むしろ口をつぐんでいることは内田議員の二の轍を踏むことでありデメリットしかないのである。

ここからは、豊洲市場問題に関して参考になるであろう話を少し述べておく。まずはじめに、豊洲市場の土地の取得費用がなぜこれほど安いのかということについてだ。東京都が資産を取得する場合、東京都財産価格審議会によってその価格は決定される。この審議会が578億円という取得費用を決定したのだが、これは推測だが、おそらく課税評価額を参考にしたのではないかと思っている。豊洲市場の土地は東京ガスの工場跡地だから、工業用地の指定を受けているだろう。そうした関係で、実勢価格よりもはるかに安いと思われる取得価格となったのではないか。

また、豊洲市場の土地の売買に際して、なぜ瑕疵担保責任を売主である東京ガスに負担させなかったのかという疑問が世間では言われている。だが、私が思うに、東京ガスからすればこれほど安値で売却したにも関わらず瑕疵担保責任まで負えば、それは売却ではなく譲渡になってしまうのではないか。実際、当初の見通しの甘さももちろんあるが、豊洲市場の土地の汚染対策費は売買価格に匹敵する(試算で約860億円)ほどかかっている。そのような取引は、東京ガスが民間企業である以上、株主への背信となってしまうだろう。瑕疵担保責任を負わなければ売却価格の増額と事実上なるわけだから、東京都という公共団体との取引に係る特殊性(先述の審議会によって価格が決定される)からの抜け道的なやり方として、実勢価格に近づける一つのテクニックとして採られたとしても不思議ではないのではないだろうか。